人工衛星を利用したゴムボートからのリアルタイム情報発信
− 北上川250キロの旅 −


盛岡白百合学園中学高等学校 安倍冨士男
http://morioka-shirayuri.morioka.iwate.jp/
abe@morioka-shirayuri.morioka.iwate.jp

1 はじめに
 そもそも今回の実践を行おうとした動機は以下の2点である。
1 アメリカの教育ソフト「ミミ号の航海」「パレンケ」を見て、環境教育と情報教育を巧みに取り入れながらも子供に達成感・好奇心・冒険心を養おうとする点に深く感銘を受けた。
2 従って、教室から出てフィールドでネットワークを利用した形態とはどのようなものが可能か自分でも探求してみたい。できればこれからの環境教育・情報教育を視野に入れ、自己の持つ特性であるキャンプ技術・カヌー技術・野外自然観察の知識・コンピュータネットワーク技術等の一見無関係に見える様々な知識・技術を駆使して、1998年現在で何ができ、何ができないかを実際に検証してみたい。

2 目的
 郷土の大河、北上川をゴムボートで下りながら各種調査を行う。そのデータを文字、静止画、音声、動画のデータとして中継センターに送り、ホームページ化して広くデータ提供を行う。一般の人は画面をから現在のボートの位置、観測データをリアルタイムに知ることができる。調査観測したデータはデータベースとして後の利用の資とする。

3 実施体制
 様々なイベントに合流し、その中の1つの試みとして数回に分けて実証実験を行っていく。従ってイベントの主催者は別に存在し、その主催者の要請に見合うデータを調査し発信するが、さらに研究チームは独自に調査項目を設定し調査を進める。筆者は教員兼北上川流域連携交流会のメンバーとしてNTTマルチメディア総合研究所の研究チームと共同で実証実験を行う。

4 調査項目・使用機材・状況
A 河川環境調査
水質調査(ph / 酸化還元電位 / 溶存酸素 / 電導度 / 塩分濃度/ 水温)
 多機能水質センサーと携帯パソコンで15分に一回の割でデータを収集していく。収集された数値データはサーバセンターに送られ見やすいようにグラフ化される。

生態調査(魚類、鳥類、植生など)
 デジタルカメラ・デジタルムービー・ノートパソコンを使用して川を下りながら観察できる生物を調査。北上川は柳とクルミの群落が特性であることが再確認された。また大ヘビが川を横切っていたりトビ・サギなどが多く観察された。魚類はいつもとことなり、遡上する秋鮭の大群と出合うことはできず、代わりに仕掛けておいた「うなぎどう」にはモクズガニ・ナマズ・ニゴイ・カワエビ等を捕獲できた。

地質調査(川底の石の測定)
 理科の教科書で学習するように、下流に行くほど本当に川の石は小さくなっていくかについての検証実験。確かに角が取れて丸みが出て、しかも小さくなっていくことをカメラでとらえることができた。

B 歴史・文学調査
 デジタルカメラとノートパソコン・インタビュー用録音機等を使用して流域にのこる史跡を記録に収め地元の人々にインタビューを行った。記録した一例としては、坂上田村麻呂とアテルイの古戦場、源義経の自害した義経堂、平泉文化の紹介、西行法師の束稲山、宮沢賢治のイギリス海岸、石川啄木の短歌の原風景、カスリン・アイオン台風による大洪水の被害の様子、流域に残る伝説などを記録。またイギリス海岸からは盛岡の会場にインターネット回線を使って動画を送信し、調査の様子を実況中継した。

C ネットワーク技術実証実験
位置情報確認システム…GPS用アンテナ・モデム・データ送信機で現在地を常にホームページ上に表示
データ通信実験…PHS(32k/bps)、携帯電話(9.6 k/bps)、衛星携帯電話(4.8k/bps)によるゴムボート上からのデータ通信及びイベント会場では臨時ISDN回線によるシンポジウム・講演会等のリアルタイム動画送信実験。ボート上では車載用のバッテリーをデジタル機器の電源とした。

5 実施状況
8月26・27・28日(水・木・金)(岩手県盛岡市から岩手県川崎村まで下る)
「全国マルチメディア祭 北上川ガバナーズシップ 最終リハーサル」
岩手県盛岡市の南大橋を出発して同県川崎村水辺プラザまで80キロをゴムボートで下る。河川からのデジタル携帯機器利用のデータ通信・リアルタイムホームページ作成は、おそらくこれが世界初の試みとなると思われる。生態調査・地質調査・水質調査・環境調査を各種デジタル計測器を使用して行い、その結果は携帯電話を使用してホームページをリアルタイムにて作成していった。結果は次のURLを参照http://www.pref.iwate.jp/~mm98/
 なお、この事業は「IWATE・UNU・NTT環境ネットワークプロジェクト」(岩手県生活環境部・国際連合大学高等研究所・NTTマルチメディアシステム総合研究所)の1つとして行われた。しかし9月4・5・6日の本番は東北南部を襲った集中豪雨により中止となる。予定では高知・三重・岩手の三県知事も川を下る予定であった。

9月13日(日)
 秋田県抱返り渓谷にてカヌーを使った自然観察実施(小学三年と六年の2名の子供と一緒に野外観察、個人で実施)

9月25・26・27日(金・土・日)(岩手県盛岡市から岩手県川崎村まで下る)
 「北上川フェア98」(主催 北上川フェア98実行委員会)にてゴムボートを使ったリアルタイムホームページ作成を行う
 岩手県盛岡市と宮城県石巻市の同時開催。前述のガバナーズシップが中止となって実現できなかったことをやり遂げる。今回はさらに岩手県花巻市にあるイギリス海岸からメイン会場の盛岡市に向けて動画による生態調査の実況中継を加える

10月10日(土)
 岩手県盛岡市北部の綱取ダムにてカヌーを使った自然観察を実施(小学一年と三歳児の二名の子供と一緒に野外観察、個人で実施)

ここから3回分の実践は「北上川地域の情報提供実験」(以下11月2日までの項目)に参加して行ったものである。
 この事業は、建設省、国土庁、厚生省、文部省、通産省、郵政省が連携して実施するもので河川からのリアルタイムホームページがどこまで可能かについて実証実験を行った。URLはhttp://kitakamiriver.mcon.ne.jp/からすべて参照可能

10月24・25日(土・日)(岩手県水沢市から宮城県中田町まで下る)
「北上川リレー交流体験」
 岩手県水沢市から宮城県中田町までゴムボートで下りながら、インターネットによるデータ通信を行う。流域市町村住民(身障者のグループも含む)が大型のカナディアンカヌーを使ったリレーを行う。また北上川流域市町村長合同による船上サミット開催。その様子をデジタル機器を使用して取材したり、水質・環境調査を行いリアルタイムにてホームページ報告。ゴール地点の宮城県中田町では省庁の枠を越えた今後の連携について活発に議論が行われる。建設省、文部省、厚生省、国土庁、環境庁の担当、官流域市町村長、様々なNPOの団体が参加。今回は県境の山間部が携帯電話の通話外エリアだったため、上空3万2000キロにある人工衛星(NTTの通信衛星N-Star)を使用してのデータ通信となった。川を下りながらの人工衛星を使ったインターネットデータ通信は本件が世界最初の試みとなる。但し固定アンテナを使用したためゴムボートが方向を変える度に手動でアンテナを南の方角45度に保たなければならなかった。そのために何度もデータ転送が途切れることになった

10月31日・11月1日(土・日)(岩手県水沢市から宮城県石巻市の太平洋河口まで下る)
「収穫米を運ぶ舟運復活実験」
 岩手県水沢市から河口の石巻市までおよそ130キロをゴムボートで下りながら環境・生物生態・歴史・水質を調査。また岩手の収穫米を載せた舟3艘の行動を取材しその様子をリアルタイムでデータ転送を行った。今回もポータブルサテライトホン(携帯衛星電話)を使用してのインターネットデータ通信をリアルタイムで行った。前回の反省を活かし固定アンテナから自動追尾アンテナに変更したためデータ転送は比較的うまくいった。今回は特に歴史・文学調査に重点をおいて流域の歴史を事前に調査しホームページに掲載した。下図1は北上川に2つあるダムやゲートのうちの1つ「脇谷閘門」を通行中の様子。水位を調節してもらうためにゲート中で待機しているところ。


図1「収穫米を運ぶ舟運復活実験」
脇谷閘門内で水位調節中 手前が調査用ゴムボート、後ろが収穫米を積んだボート



11月2日(日)
「北上川流域連携フォーラム」 (石巻市)
 建設省河川局長・岩手県知事・宮城県知事・作家の高橋克彦氏・江戸風俗研究家の杉浦日奈子さんなどが参加して北上川の流域連携について講演とパネルディスカッションが行われた。臨時ISDN回線を使用してリアルオーディオソフトを使用し、講演とディスカッションの様子が動画・音声でインターネット上に放映された。

6 成果と課題
今回は「情報教育と環境教育の融合」、「バーチャルで完結せずあくまで実体験を補完するためのネットワーク利用」を視野に入れながらも、とにかく機会を見つけてやれるだけのことはやってみたというのが正直なところである。教育的にどのように位置づけができるか、今後どういう方向で発展させることができるかについては時間をおいて冷静に考えてみたい。インターネットを利用した環境教育の研究として、実際に北上川を下りながら様々な環境情報をリアルタイムにホームページで発信させる試みを行ったが、今年度は大人が中心となって、その可能性や安全性、教育的効果について実証実験を繰り返し行ってきた。次年度以降はぜひこれらの経験を生かし、児童・生徒の活動として実践したいと考えている。こうした活動は、既存の教科教育としての枠組みを越え、総合的な教育としての情報教育と環境教育を考える自分にとっての第一歩ではなかったかと考えている。今後も更に研究を重ね、実践を行っていきたい


謝辞
今回の一連の共同プロジェクトの推進にあたり、次の方々には特段の理解と援助を頂いた。ここにあらためて感謝の意を表したい。
建設省東北地方建設局 岩手工事事務所
建設省東北地方建設局 北上川下流工事事務所
財団法人 河川情報センター
NTT マルチメディア総合通信研究所
NTT-AT
NTT-IT
NTTドコモ
NTT岩手支店
NTT-TE東北 盛岡支店
北上川流域連携交流会