ネットワークを利用したリアルタイム遠隔共同学習
みんなで潜ろう三陸海岸
                      
盛岡白百合学園中学高等学校
                                 安倍冨士男
 

1 はじめに

 平成11年9月29日に三陸町綾里海岸海中と岩手県内の小学校5校をインターネットを結び、三陸海岸に関する双方向の共同学習を実施した。本稿ではその実施の経緯と報告を述べて今後の授業のあり方を検討したい。


2 ねらいと実施内容

【いつ行ったのか】

この海底授業の最初の構想は、本校が平成7年にインターネット100校プロジェクト参加校として活動を始めた1年後の平成8年頃のことである。その時点で計画書を2つ(ホームページを作りながら川の環境調査を行う計画と海底からの授業を行う計画)を作成した。平成10年に岩手県・国連大学・NTT三者による「環境情報ネットワーク共同プロジェクト」(以下、共同プロジェクトと略記)が北上川でゴムボートによるリアルタイム環境調査を行い、筆者も参加した。
 平成11年4月から共同プロジェクトの今年度の取り組みとして海底からの学習を実施することになった。授業の本番は、9月29日(木)午後2時から3時にかけて約1時間実施された。この日に設定した理由は学校の夏休みと休み後の繁忙期を避けながらも、あまり寒くなる前にということで選定された。

【どこで行ったのか】

 海底からのライブ授業を行うには、以下の3つの条件を満たす場所を探さなくてはならなかった。1つ目は岩手県内であること。2つ目は透明度が高く、実施しやすい漁港か入り江であること。3つ目は臨時ISDN回線を数本引ける場所であること。はじめに地図で検討をつけ、7月の初旬に県南の陸前高田市から県北の久慈市までの約200キロを車で2日間で実地調査を行った。その結果、三陸町綾里に決定した。綾里漁協との協定により詳細な入り江の名前までを特定しないことになっている。

【誰が行ったのか】

 実施の主体は、「三陸海岸学習実行チーム」(代表 安倍冨士男)である。このチームは共同プロジェクト傘下の一つにあたる。チーム構成の詳細は割愛するが、大まかな役割分担と支援組織は次のようになる。教育関係では、岩手県立総合教育センターと通信放送機構から教育関係ネットワークとサーバの使用とを認めてもらった。ネットワーク関係ではNTTグループ(NTT東日本、NTT-AT、NTTコミュニケーションズ、NTTデータ、NTT-TE東北、NTTサテライトコミュニケーションズ)から支援を受けた。海の関係では(財)海洋科学技術センター、朝日海洋開発、三陸町綾里漁業共同組合、岩手県大船渡地方振興局から協力を受けた。そのほかにも団体・企業・研究機関から協力を得たがここでは割愛する。
授業に参加した学校の先生方と児童は以下の通りである。
水沢市立姉体小学校(4年生24名 阿部朝子先生 佐藤利康先生)  
水沢市立真城小学校(4年生31名 石川正広先生 乾一樹先生)
水沢市立常磐小学校(6年生31名 最上啓先生)
岩手県立松園養護学校(6年生11名 佐々木秀市先生 千葉伸武先生)
私立盛岡白百合学園小学校(4年生22名 小井戸敦子先生 小野寺俊博先生)
最初に筆者の勤務する学園の小学校に協力を依頼し、残り4校の推薦を「先進的教育ネットワーク参加校」(文部省・郵政省)の中からという条件で岩手県教育委員会に依頼した。水沢の3校はケーブルテレビを使ったネットワーク校であり、松園養護と白百合小は衛星を使ったネットワーク校である。ただし計画の段階ではまだネットワークの敷設がされておらず、授業の1ヶ月前のネットワーク開通予定であった。

【何の目的で行ったのか】

 岩手県には陸中海岸国立公園という自然の景勝地として有名であり、その沿岸・沖合は世界三大漁場の一つに数えられる地域を持つ。子供たちがこうした世界に誇る郷土の自然環境を理解し、その大切さを学ぶことはアイデンティティー形成の上でも環境教育の視点からも重要なことであると考えられる。
 子供たちが自然に親しみ理解する最も確実な方法は、アメリカのフィールド学習の先駆者Louis Agassiz(1807-1873)の次の格言に要約されると思われる。「行こう、自然へ;君たちの両手で事実を取り上げるのだ。見なさい;自分自身で見つけなさい。」
 しかし現代においては学ぶべき自然環境は、もはやまったく手つかずの理想的な自然ではなく、ダイオキシン・酸性雨・森林破壊・ゴミの問題など人間の活動によって変質した自然環境が多くなっている。だから環境教育の必要性が近年高まってきているのだろう。海底の学習の場合には危険で皆が近寄れる訳ではないという制約も伴う。こうしたケースでは従来、図鑑や資料映像、水族館、博物館などを第一義的なデータとして学習を行ってきた。
 今回の目的は、最新のマルチメディア通信技術を用いることによって、上記の時間的・空間的な制約を超えて「生きている海」を体験できる臨場感ある学習機会を創出し、子供たちの知的探求心を養うことを第一の目的とした。
 また世界に誇る素晴らしい海を持った郷土岩手に生まれ育ったことを誇りに思う郷土愛を高めることを第二の目的とした。
 実際に参加校の先生方に配った指導案に記載したねらいは以下の3つである。
1 子供たちが興味があっても実体験しにくいフィールドからインターネットを用いて遠隔授業を実施し、学習の効果を高める。
2 子供たちにはあまりなじみのない北国の海を一緒に探索し、郷土の自然の豊かさについて理解を深める。
3 自然の中に分け入るようなインターネットの教育実践が少ないように思われるので、どこまで可能か実証する。

【何を行ったのか】

計画では概略次のような授業を想定しており、ほぼ計画通りに実施することができた。
 教師(筆者)と撮影者が海中に潜り、各学校の先生方と子供たち約120名と共に三陸海岸の自然・海・生き物について一緒に学習する。海底からは教室までインターネット経由で映像と音声が届き、教室からは子供たちの質問がチャット画面に展開される。チャット画面に流れる子供たちの質問は陸上の中継者が音声マイクで海中の教師に伝達し質問と回答がリアルタイムでやり取りされる。こうした双方向のやり取りを行うことによって子供たちは一緒に潜っている臨場感を体験し、三陸海岸について理解を深める。また蓄積された質問と回答などの文字情報、海底での授業の様子、海中生物の動画クリップなどは、事後に総合教育センター内の学習サーバに蓄積され県内の学習データベースとなる。
 実際の海底授業は予定通り9月29日に行われ予定通り終了した。現時点では、質問データの整理、映像データの整理、子供たちの感想のとりまとめ、参加した学校の先生方の感想などの整理を行っているところである。また今後の学習資料になるようにホームページの再構成も行っているところである。



3 実施までの動き

 構想こそ4年前に計画したが、実際の準備に入ったのは平成11年の4月からである。平成10年度までは北上川の学習に取り組んでいたからである。以下に主な事項を記す。

4月 ネットワークの基本設計を行う。現存のネットワークを利用しチャットサーバーなどはCu-See-Meのリフレクターを稼働させることを想定(初回設計)。

5月 先進的教育ネットワークが発表され岩手県は1.5Mの高速衛星回線の使用地域となる。従ってこれを利用する方向で検討(第2次設計)。共同プロジェクトと具体的な話に入る。週に1〜2回のペースで打ち合わせ。

6月 朝日海洋開発において潜水機材の打ち合わせ。現地では臨時ISDN回線不足のためNTTの災害対策用パラボラ衛星車両(384k/bps)を使用することに決定。このころから海上保安庁、漁協、警察、地方振興局に連絡調整と利用の許可申請提出。

7月 三陸海岸の下見調査。場所を三陸町綾里に決定。必要機材の洗い出し。ネットワークの再設計(第3次設計)。参加校決定。水沢の3校が先進的教育ネットワークの機器調達の遅れから本番までにネットワーク導入が無理と判明し参加が危ぶまれる。第1回目の潜水テストを2日間現地で行い、音声・映像の地上までの確認。基本となるホームページの立ち上げ。

8月 水沢の3校は臨時ISDN回線の方向で動き出す(第4次設計)。授業指導案の作成。バックアップ回線として水沢3校はメガウェーブによる1Mを確保、盛岡の2校は臨時ISDN回線を確保(最終設計)。海洋科学技術センター・日本シスコシステムズより機器の協力を得る。

9月6日 参加校の先生方との最初のミーティング。MLの立ち上げ。

 10日 県庁にてプレスリリース。報道機関からの問い合わせが相次ぐ。

 14日 松園養護と白百合小学校を訪問(子供たちと顔合わせ)。先進的教育ネットワークの利用許可が出る。ただし20日の開通式までストリーミングデータの転送の許可が出ない。そのため盛岡の参加校で20日までテスト不能。

 16日 真城小と常磐小を訪問し子供たちと顔合わせ授業を行う。

 17日 先進的教育ネットワークの試験稼働(松園養護と白百合小)まだ開通せず。

20、21日 現地での最終リハーサル。これよりRealPlayerやチャット、ウェッブ等のサーバ群は本番まで稼働に入る。8〜9月は週に2回から3回のミーティングが、毎夜のミーティング・作業となる。各学校の受信状況のほか、教室のレイアウト、画面に映し出せるような機械の手配、チューニングを行う。この日、野田郵政大臣出席の先進的教育ネットワークの開通セレモニーがあるため岩手のサーバにデータを流すことができず実際にストリーミングデータを流してテスト可能だったのは22日から。

25日 各学校の先生方に配布する最終指導案とシナリオ作成。

26日 白百合でPCに画面がRGB転送できない問題が未だ解決できず。先進的ネットワーク安定稼働せず。

27日 現地チームは朝から三陸町へ向けて出発・移動開始。現地で機器の組み上げ開始。 

28日(前日)白百合と松園養護がようやく動画が見られるようになる。チャットも通る。



4 授業の結果

 詳細な授業内容の報告とアンケートの分析結果は紙面の都合上割愛するが、参加した子供たちのアンケートからは、どこの学校においても海への理解が深まった様子が伺えた。共通した意見として以下のようなものが抽出できる。「地元の海がこんなにきれいだと思わなかった。」「まるで自分も潜っているような感じだった。潜ってみたくなった。」「アメフラシが紫色の液を出すのにはびっくりした。」「先生とタコの格闘が迫力があった。」「タコが墨をはいて逃げていくところ。」「先生の(リクエストに応えて)宙返りしたところがおもしろかった。」「今まで見たこともない生物がいた。」「海の底がどうなっているのかわかった。」「海の色が青ではないことがわかった。」「その場で自分たちで考えた質問がインターネットに出してもらえるところがうれしかった。」
 逆に不満だった点は、共通して「先生の声が聞き取りにくかった。」「先生の声がほとんど聞こえない。」という意見であった。これは参加校の先生も同じ意見であった。動画の高品質にくらべ、ダイバー教師の声は陸上までは聞こえても水中全面マスク内に取り付けたマイクがこもって参加校に到達するまでにかなり劣化しほとんど聞き取れない声になっていた。これは大きな反省点であった。
 参加校の先生方の意見は、実験的な取り組みながらも未来を感じさせる授業で概ね好評であった。ただ連絡や調整がMLで行われた結果、一部の学校の先生とはうまくコミュニケーションを取れないまま本番を迎えることになり「インターネットを使った効果的な授業の良さを感じることができなかった。手段が目的になっていた。」という意見も寄せられた。
 また保護者は参観したわけではないが、事前に家庭用にパンフレットを配布してもらっており、家に帰った子供たちから授業の様子を聞いてアンケートに記入してもらった。その中の一例を紹介を紹介すると、「とてもいいと思いました。ニュースでも見ましたし子供から話しを聞いてとても感動している様子でした。」「とても楽しそうに話してくれました。内容の充実度、主旨がうまく子供に伝わっていることが感じられました。」「インターネットでは滅多に行けそうもない場所や、ふれることのできそうもない物が見られるという、こんなインターネットの使い方もあるのに驚きました。これから学校の授業も変わっていくのでしょうね。」「何回もやって下さい。」「我が家では子供が初のインターネット体験者となり、家族に自慢げに話す子供の姿が印象的でした。」など予想をはるかに越えた講評を得た。


5 おわりに

 ネットワーク技術の面、潜水技術の面、指導案の通りに行かなかった部分も含めて反省すべき点も多々あり批判もあったが、限られた時間と資源の中で当初掲げた目的を十分に達成することができたと考えている。紹介した子供たちや保護者の意見がそのことを的確に伝えていると思う。印象的だったのは養護学校の校長先生の次のコメントである。「これからは養護学校の子供達も普通の学校の子供達と、こういう風に一緒に学べる日が来るんですね。」
最後に100人を越す海底学習の関係者と実行チームの皆様に心からお礼を述べたいと思う。